リーガル日本上陸50周年を記念した「あなたとリーガルの思い出、エピソード大募集」にたくさんのご応募誠にありがとうございました。

 厳選な審査の結果「BOS賞」10様、「リーガルギフトカード賞」40様が決定いたしました。

【BOS賞】10名様  順不同
    BOSのメニューより、あなたのお好みで靴を1足お作りいたします。
ニックネーム    タイトル
kayui あこがれの靴
靴大好き 長年の相棒
REGALマニア REGALとの出会い〜今...
かぐや姫 パートナー
ホーチャン 兄との思い出
bibicat 二十歳のREGAL
プティ 父とリーガル
のんちゃんパパ パパの大事な茶の靴
塚本純子 私と家族とリーガルと
シナノスイート 愛着の1足「ウイングタッセル」
  
【リーガルギフトカード賞】40名様  順不同
    リーガルシューズでご利用いただけるギフトカード 3万円分(5千円券 6枚)をプレゼント。
ニックネーム    タイトル
錆浅葱 私とリーガル
ピー助 革靴の神様
むー 新たな一歩
min2 勇気の靴
瑞季 幸せの軌跡
はんそろ 靴といえばウイングチップ
池松和彦31歳 茶色のプレーントゥ
よっしー 父からのプレゼント
やっすん リーガルとの四半世紀
ナチュラル 世界を一緒に歩いた相棒
トラッドおばさん 憧れのサドルオックスフォード
ぎょうちゃん VAN-REGALの思い出
靴磨きでリフレッシュする会社員 足許を支える相棒
カズ 猛暑と雨
kaz 履き続けるmy first REGAL
ブラン ショートブーツ
tatenoke 私の相棒
たんちん そして、これからも。
jugem 何はともあれリーガルで
なかじ 2509さようなら、2113こんにちは
さつき 憧れの高校、憧れのローファー
のっぽらっと リーガルと私
田路勝彦 靴磨き
みかん 思い出のサドル
荒マーちゃん 私とREGALの出会い
ろひかた 杜の都のリーガルショップ
トムヤンクン 父から貰ったリーガル
ちゃんちゃん 「REGAL」を履いたお兄さん
Syee333 REGAL ストレートチップ
ivy-boy must REGAL
まこと リーガルとの出会い
REGAL_FUN 履擦れとREGAL
やもりん デザートブーツ♪
ガッチャン 私とリーガル
ペッパー  『 私とリーガル 』
ヒデ リーガルは友達
信ちゃん 自分にとって伝説的サービス
ゲタ箱いっぱい男 紳士靴の学校
ばぁば 初めての...
ゆっきょちゃん リーガルは我が会社人生の伴侶
 
【BOS賞作品紹介】
ニックネーム:kayui
タイトル:あこがれの靴

『服は安くても靴はリーガルで』
父と母は『靴はリーガル』がポリシーで、いつも我が家の靴棚にはリーガルの靴が収まっていました。父が東京で働いていたときに買ったクレープブーツ、母が若かりし頃に買ったオックスフォード、薄ピンクのアンサンブルにはお決まりの白いプレーンパンプス、季節やスーツによって使い分けるいくつものビジネスシューズ、両親の歴史を垣間見ることができるそれらは幼いわたしの胸を高鳴らせ『いつかはわたしもこんな靴を履きたい!』と思ったものでした。
月日は経ち、苦労の末いただいた内定。社会の一員となるお祝いに買ってもらったリーガルのパンプスはとても、とてもうれしく、父や母に一歩近づけたのだなと感じました。
まだまだ社会人2年目、学ぶことや努力していかなければならないことがたくさんあります。それをひとつひとつ達成し、成長してく中でわたしもそんな靴棚を育んでいきたいです。
 
ニックネーム:靴大好き
タイトル:長年の相棒

「こいつ」との付き合い、いえいえ、お世話になって20年…。「初任給を手にしたら…」と、給料袋を手にリーガルショップへ。翌日の出勤があんなにもわくわくした夜は、後にも先にもあの時以来(?)手入れをするときは油分が浸透しやすいように直接指に靴墨を付け、少しずつ自分好みの色に育て唯一無二。そんな「こいつ」と共に過ごしてきた多くの思い出。デートの時 結婚 そして親に。 その間修理で4回の入院… 「今までお世話になりました。」と、最後の手入れをして上げてお別れしました。(涙)
 
ニックネーム:REGALマニア
タイトル:REGALとの出会い〜今...

私が初めてREGALに出会ったのは、今から約30年前の高校生の時でした。その当時REGALの黒のプレーントゥを履く事がお洒落と云われる時代で、私も欲しくて欲しくてたまりませんでした。但し、高校生の私の小遣いでは、到底購入することが出来ず、親にもねだりましたが買ってもらえず、憧ればかりの日々でした。である日、母親の実家に遊びに行った時に、その憧れのREGALの黒のプレーントゥが玄関に有りました。母親の弟の持ち物でした。せめて履くだけでもしてみたいと思い、誰も居ないのを見計らって、履いてみました。なんて重厚感があるんだろう、やっぱり欲しいと・・・。で、母の弟に「おっちゃん、あの玄関にあるREGALて履きごごちいいん?」って聞くと、母の弟は「おっちゃん、買ったんやけどサイズ間違ってな〜。履かれへんねん。履くんやったらあげるよ〜」うおぉ・・・「貰っていいん?」「でもサイズ合うかな?」「いや大丈夫。ピッタリや」「何でわかるん?」「えっ・・・いや・・・あの・・・さっき黙って履いてみてん」「そんなに欲しいんやったら持って帰り」これが私が初めてREGALを手に入れた瞬間でした。それ以来、REGALの虜になり、今年46歳になりますが、毎年々REGALを買い集め、今や50足位保有しています。
 
ニックネーム:かぐや姫
タイトル:パートナー

大人になったお祝いに 自分で買った初めてのリーガル
高かったけれど ブランド名に魅かれて半信半疑で購入
それからは 人生の大事な場面では いつもいっしょでした
コーディネイトにも まずこの一足を決めて
それから洋服を考えています
といっても どんな組み合わせでもしっくりとなじむので
取り合わせに迷うこともあまりないのですが
いつもいっしょだと さすがに靴の底やかかとの入り口や中敷きなど
少しずつ疲れてしまいます
リーガルショップに持っていったら
ていねいに直して下さって 今でも大活躍
購入からもう三十年くらいたっていますがまだまだ現役 きれいでしょう?
新しいものもありますが やっぱりこの一足が一番のお気に入り
定番商品らしくて 店頭で見かけた時にはうれしくなりました(^^)
これからも どうぞよろしくね!
 
ニックネーム:ホーチャン
タイトル:兄との思い出

今57才。男三人の年子でその末っ子です。
ファッションはいつも一番上の兄に影響を受けていた。
今でも中学生当時当時高校生になっていた兄が読んでたメンクラを借りて見たことを思い出す。
毎月メンクラ見るのが楽しみで兄ともいろいろ話しをしたね。
VAN全盛でVANのロゴが入った茶色の袋をもって歩くのがステータスだった。僕が高校生になった頃兄がダッフルコートを買った。で僕もコートが欲しくて伊勢丹に兄と見に行ったよ。
兄のコートはグローバーオールでその当時すごく高かった。
ホントは僕もそのコート欲しかったけど兄と同じは嫌だしそんなにお金なかったから違うコートを探して結局茶色のコットンスウェードのランチコートを買ったんだ。
しばらくはコインローファーを合わせてたけどメンクラ見るとスエードのデザートブーツじゃなきゃダメなくらいに書いてあって一生懸命小遣い貯めて「リーガルの茶色のデザートブーツ」を買ったよ。靴を買った思い出ではこれが一番強い。その後兄とは八重洲のリーガルショップ(1号店だったと思うけど)がオープンしてすぐに見に行ったリしました。
その兄も僕が30くらいの頃亡くなり服とか靴の話もする人がいなくなってしまったね。
中学生でコインローファー買って以来もう40年位リーガル履き続けてるし今後もずっと付き合っていくんだろうなって思ってる。
 
ニックネーム:bibicat
タイトル:二十歳のREGAL

REGALとの最初の出会いは、二十歳の時。
大人になったのだから革靴も必要になる時があるでしょう、と言って母親が買ってくれたWING TIPだった。
スニーカーばかりだった学生生活に革靴が入り、ジーンズにも合うので好んで履いた。
やがて毎日革靴を履くようになって、1足だったREGAL SHOESも増えていったが、そのWING TIPは何度もリペアして15年近く愛用した。
そして、さすがにそろそろリペアも限界かなぁと思っていた時に、Millennium CollectionのSPECIAL LIMITED EDITION販売の応募があった。
何か運命的なものを感じ、迷わずWING TIPに応募した。
幸運にも購入できた子供と同い年のその靴は、REGAL SHOESばかりが並ぶゲタ箱の中で、今でも一番のお気に入りなのは言うまでもない。
先日もリペアに出したが、“何で新品を買わないの?”という子供に、“お前の双子のお兄ちゃんだからさ”と言ったがわかるはずもなかった。
でも、新品のようになって帰ってきた靴を見て“すごいね!!”と言った彼に、二十歳になったら是非REGALをプレゼントしたいと思う。
 
ニックネーム:プティ
タイトル:父とリーガル

 サッサッという小気味よいブラシの音。いつもの靴墨の香り。玄関に腰を掛ける父の背中。下駄箱から出され 順番を待つ色違いのウイングチップやコインローファー達。
昭和一桁生まれの父は、娘の私から見てもとてもお洒落な人でした。会社で渉外担当だった事もあり 深夜の帰宅は日常茶飯事。でもどんなに酔って帰宅してもスーツをきちんとハンガーに掛けてから床に就きます。自分のワイシャツのアイロンかけも全て自分で行うという徹底ぶりでした。そして 特にこだわっていたのが「靴」。「本当にお洒落な人は良い靴を選び大切に扱っている。どんなに洋服が素敵でも、靴が磨かれていなければ ね。」これが父の持論でした。
次々と磨き上げられていく愛靴達。更に輝きと味わいを増し誇らしげです。「靴はなんといってもリーガルに限る。」満足げにほほ笑む 休日の父でした。
父の「お墨つき 日本のリーガル」は 今でも我が家の愛すべきブランドです。
 
ニックネーム:のんちゃんパパ
タイトル:パパの大事な茶の靴

もう20数年も昔の話になりますが,祖母から「靴でも買いなさい」ともらった大学の合格祝いを全部はたいて,初めて当時憧れだったリーガルのローファーを買いました。
試作品だったのか限定品だったのか今となっては分かりませんが,一点もので他では見ない靴だったので,その後「もう修理できません」と言われるまで,何度も修理しながら大切に10数年履き続けました。
この靴はずっと私の『勝負靴』だったのですが,結婚前に家内の実家に遊びに行った時にも,母が何度も修理してあるこの靴を見て,「一足の靴でもこんなに大事に履いてる人なら,結婚しても大事にしてくれそうね」と,すんなりOKを出してくれたそうです。
そんなこんなで,以来,リーガルのいろいろな靴を履き続けていますが,祖母の形見のようなこの靴だけは,今でも『パパの大事な茶の靴』と書かれた靴箱に大事にしまってあり,時々取り出しては手入れをしながら,思い出を楽しんでいます。
 
ニックネーム:塚本純子
タイトル:私と家族とリーガルと

年頃になった私に、母はよく言いました。「人を知りたければ靴を見なさい。履いている靴が手入れされているなら、その人はきっといい人よ。」と。休みの日は父と一緒に靴磨きをしました。勤め始めた私はやっと購入できたリーガルを大切に磨きました。ピカピカのリーガルで仕事に向かうと気持ちが引き締まるようで、私の励みでした。
ある時、知り合いの紹介で出会った男性がいます。とても地味な人で、これといって惹かれるものはなかったのですが、その時思い出したのが母の言葉です。私は彼の靴を見ました。なんと、しっかり磨かれたリーガルを履いていたのです。それが決め手でお付き合いが始まり、彼の穏やかな人柄を知って結婚しました。そして息子が高校生になった時、お祝いにリーガルの靴を買いました。その履き心地と美しさに、今や息子もリーガルファンです。今では私が息子に言います。「靴は人柄が表れるのよ。」と。
 
ニックネーム:シナノスイート
タイトル:愛着の1足「ウイングタッセル」

友人から借りたメンズクラブに載っていたデザートブーツを購入したのが、高校時代だったから、かれこれリーガルとのお付き合いは40年近くになる。
社会人になって直ぐの頃交際を始めた3歳年上の彼女は、デパートの靴売り場に勤めていたものだから、何かと靴にはうるさくて「どんなに素敵な身装をしても、履いている靴で人は判るからね。」が彼女の口癖だった。いろいろ教えてくれたり薦めてくれたりしたが、付き合っていた当時革底の靴を頑として買わなかったのは、雨や雪で濡れた後の手入れが面倒だったからだ。
そんな私がリーガルショップで釘付けにされ、何のためらいも無く買ったのがこの1足である。靴の手入れがしっかりできるようになったのは、この靴のおかげと別れた彼女への後ろめたさだったのかも知れない。
もう履き続けて30年近くになるだろうか。何回リペアに送り出したかは覚えていないけれど、その度お粧され綺麗になって私のところに戻ってきた。リペアという靴を大切にするリーガルの企業スピリットは我が子らにも支持され、今は2人共リーガル小僧となっている。
暇な休日を見つけては、下駄箱の中のリーガルたちを引っ張り出して並べると、妻に「その靴だけはお役御免にならないわね。」と必ず言われ、ニコニコしながら靴磨きを楽しんでいる昨今である。最近は履く機会も少なくなっているが、妻には私が亡くなったら棺桶に一緒に入れて、草鞋の代わりに履かせてくれと頼んである。
そろそろ最後のリペアに出そうかな。
 
【リーガルギフトカード賞作品紹介】
ニックネーム:錆浅葱
タイトル:私とリーガル

あれはもう35年も前のことになります。当時はまだ気の利いたデザインのスニーカーなどなく、キャンパス地に紺色の2本線とその間にリーガルの「R」のイニシャル。一目見た瞬間、「なんと洒落たデザインだろう!」当時高校生だった私との衝撃の出会いでした。まだ周りでは誰も履いている人がいなかったことも有り、何が何でも手に入れようとお小遣いを叩いての購入でした。しかも洗えば洗うほど味が出てきて、ぼろぼろになるまで履き倒し、2足目は2回ほど洗ってから下ろしたり、履けなくなってからも観葉植物のポットとして「R」との付き合いは続きました。ただ、私が通っていた高校は公立の女子高で校則が厳しく、当時、いわゆる運動靴の場合は無地でなければならず、抜き打ちで登校時の服装検査があったある朝、裏門から入ったにも拘らず、鬼教官に「そこの“アール!!”」と呼び止められ、ブラックリストに載せられた事も、今となっては懐かしい思い出です。
 
ニックネーム:ピー助
タイトル:革靴の神様

私はリーガルを通じて靴を大切にする理由を教わった。私の家族は、リーガルが大好きだ。父は会社に入社以来、約30年リーガルを履き続け、母は中学2年の時、グレーと黒コンビのサドルシューズでリーガルデビューした。私も父・母の影響で高校入学からリーガルを履き始め、父から革靴の手入れの仕方を教わり、初めて自分の革靴を磨いた。父は昔から自分の革靴を磨いていたが、幼い時の私は父が使うシューズクリームの匂いやブラシをかける” シャカシャカ”という音がうるさくあまり好きではなかった。しかし、いざ自分で靴を磨き始めると幼い時の気持ちとは変わり、磨く前の靴と比べ、磨いた後の靴は喜んでいるように見えた。そして、自分で磨いた革靴を履くと誇らしく、気持ちの良いものだった。それからというもの、私は革靴の手入れが趣味となり、今では家族全員の革靴を磨くようになった。最後に、革靴を好きになるきっかけを作ってくれた父に感謝したい。
 
ニックネーム:むー
タイトル:新たな一歩

「就職活動は形から!良いものを履く方が様になるよ!」と大学3年生の秋、私は初めてREGALの靴を母に買ってもらった。
当初、スーツにヒールがあるパンプスの姿は、普段の自分よりもお姉さんになれた気がして好きだったが、徐々にその姿が辛くなった。就職活動真っ直中は、一日に2、3社の企業説明会の日々が続き、スーツ姿でない日の方が珍しいくらいだった。
就職活動を終えた今、黒のパンプスには買ってもらった時ほどの綺麗さはもうないかもしれない。けれど、そのパンプスのかかとのすり減りを見るとなぜか嬉しい。パンプスのかかとのすり減りをみると「自分は歩いてきたんだ!」という跡が残されている。何十社もの企業説明会に参加し、何十人もの就職活動生に出会った経験が、少しよろよろになったパンプスに現れている気がする。
「よく歩いた!」REGALの靴は私の就職活動をずっと支えてくれた。次は社会人になった時に気合が入るかっこいい新しいREGALを履いて頑張りたい。
 
ニックネーム:min2
タイトル:勇気の靴

私は東北に本部を置く会社に勤めている。4年前、突然東京に転勤を命ぜられた。「地方は限界だ。いずれ首都圏へ出る必要がある。その足がかりを作れ。」ゼロからのスタート。自分の負った使命を考え、不安や期待が入り混じった気持ちでいた。異動まであと数日という時、本社から荷物が届いた。梱包の中にはグレーと赤の箱・・・・・・リーガルだ。茶色のローファー。部長からだった。「都会は営業車じゃなくて歩くからな。靴も減る。」飲み会で、靴のサイズを聞かれて24.5cmと答えたら、「小さいな!サイズ無いかもなあ」と言われたのを思い出した。グッと背中を押されるような気がした。それからこの4年間、がむしゃらに頑張ったつもりだ。東京で震災復旧事業のプロジェクトを獲得し、先日、会議で仙台へ行った。そのとき、部長には私がどう見えただろうか。この靴に恥じない人間になっているだろうか。何度かリペアをして、いよいよくたびれてきたこの靴を磨くたび、自分を見つめ直している。
 
ニックネーム:瑞季
タイトル:幸せの軌跡

幸せの始まりは三年前。
彼と初めて行ったディズニーランドは、年越しオールナイトだった。
『疲れた』なんて我儘を言わない様に、選んだ一足のショートブーツ。
それがリーガルとの出会い。
その靴には、幸せな思い出が沢山ある。
笑顔で付き合ってくれたショッピング。
初めてお弁当を披露した、愛犬を連れてのドッグラン。
季節を味わう味覚狩り。
歩いて、走って、背伸びして。
不思議な程に自然に、馴染んで行く心と足元。
結婚指輪を貰ったのは、その靴と出会った半年後。
新婚旅行は、南の島。
手を繋いで歩いた二人の足元は、お揃いのレザースニーカー。
仕事が忙しい彼へ贈ったクリスマスプレゼントは、店員さんお薦めのビジネスシューズ。
大きなお腹で抱えたそれは、幸せそのもの。
三年前に歩き出した足跡は、二足になり、もうすぐ三足になる。
今迄も、これからも、幸せの足跡を刻んで行くのはリーガル。
リーガルは私達にとって、幸せの軌跡。
 
ニックネーム:はんそろ
タイトル:靴といえばウイングチップ

出会いは1985年でした。雑誌に掲載された茶色のウイングチップ(2235NA)は黒のロ−ファ−しか履いたことのない私にとても新鮮で、『なんて格好良い靴なんだ』と感じたことを今でも鮮明に覚えています。
確か2万4千円でした。当時はまだ高校生で手の届かない金額でしたが、この靴を買うことを心に決めてアルバイトに励み、大学の入学式を前に念願の靴を購入することができました。入学式の服装は紺ブレ+グレ−のパンツでしたが、もちろんバイト代で購入したこの靴を履いて出席しました。今思えば複数の靴を交互に履いて、メンテをしながら長く所有しておけばよかったのですが、その靴は毎日休みなく履きつくし、1年でボロボロになってしまいました。
社会人になって20数年、何足目かは忘れましたが、今でも2235NAは手元に置いています。あの日の出会い以来、気になる靴は全てウイングチップ、しかもリ−ガル製を履いています。
今後も魅力ある靴作りをお願い致します。
 
ニックネーム:池松和彦31歳
タイトル:茶色のプレーントゥ

私は、リーガルの靴を四足持っている。自分で買ったのは、スーツ用の黒のプレーントゥ、ジーンズ用に黒のサイドゴアブーツと白のヴァンプだ。もう一足は父からもらった茶色のプレーントゥだ。この靴は父が若い頃に祖母から買ってもらった品で、今から四十年前の代物らしい。私が中学生の時に、埃を被って眠っていたのを発見して以来、靴箱にあるのは知っていた。私が使いだしたのは大学を卒業してからで、茶色の革靴の購入を考えた際に思い出した。約二十年間も使っていなかったので、革はガサガサで傷もあり、他の部分もかなり傷んでいた。最初は市販のオイルを使っていたが、やはり一回治しておこうと、最寄りのリーガルショップに行ってメンテナンスをしてもらった。ソールや内張り、革の淵の部分や紐などを交換すると見違えるようになった。母も「あんたが履くと違うばいねー」と言っていた。サイズもピッタリで、グレーのスーツやジーンズにもよく合うし、気に入っている。今は仕事で横浜に住んでいるが、来年は実家のある福岡に帰り、家業の酪農の仕事をするつもりだ。私には今、息子が二人いるが、どちらかが将来この靴を履くかもしれない。その時は、この茶色のプレーントゥも還暦だ。
 
ニックネーム:よっしー
タイトル:父からのプレゼント

「就職おめでとう」
父がプレゼント用に包装された箱を私に手渡したのは、入社式を2日後に控えた晩のことだ。
普段から寡黙な父は、私が地元の金融機関への就職が決まったことを報告した時も「そうか」と一言発するだけ。
喜んでくれているのか、そうでないのか…。
後日母が言うには「あれで結構喜んでいるのよ」とのこと。
そんな父が「早く一人前になれるよう、これを履いて仕事に励むように。」とプレゼントしてくれたのは、リーガルの革靴だった。
学生時代、革靴など履くことのなかった私でも「リーガル」だけは知っていた。
リーガルといえば革靴の代名詞だったので、就職が決まり、「いつかはリーガル」と漠然と思っていた私にとって、父からの就職祝いはサプライズであり、「よしやるぞ!」と気が引き締まった。
就職し間もなく渉外係となったため、父からもらった靴はあっという間に履きつぶしてしまったが、13年経った今でも、当時の気持ちを忘れないために大事に保管してある。
自分で買い揃えた他のリーガルと一緒に。
 
ニックネーム:やっすん
タイトル:リーガルとの四半世紀

「アイツの履いている靴ってカッコいい!」その靴がどこのメーカーのものかも知らなかった私とリーガルの出会いでした。私は当時大学1年生、親元から離れて一人暮らしを始めたころで、靴といえば運動靴にスニーカー、おじさん仕様ビジネスシューズしか知らないおしゃれには疎いお子様だったと記憶しています。
同じ年の夏、同郷の友人と長距離フェリーで帰省した折、その友人が履いていた靴が「カッコいい靴」、そうリーガルの靴だったのです。
詳しく聞くと革製で自分の足にしっくり馴染み、長時間履いていても疲れないとのことで、革靴を履いたこともなかった私は益々興味が湧いてきたのです。そして追い打ちを掛けるように、その友人の親戚が船着き場の近くで靴屋を開いているとの話・・・。そして結果は明白、初めて履いたリーガルの靴は全てを受け入れてくれるように滑らかにフィットしました。
それから25年、当時出会った靴は引退しましたが、20年以上経つ現役も含めて6足のリーガルが今も私を支えてくれています。当時の思い出が染み込んだままで。
 
ニックネーム:ナチュラル
タイトル:世界を一緒に歩いた相棒

社会人になった後、私の海外駐在デビューは遅めの35歳。英国での海外赴任研修からのスタートでした。単身乗り込む未知の場所へ少ない引っ越し荷物と一緒に渡ったのは買って間もない茶色のストレートチップでした。不安と緊張をもって訪れた欧州の地。様々な人々との思いで深い出会いがありましたが、いつも足元には少しずつ足に馴染んできたこの一足がありました。その後正式赴任した常夏の東南アジアでもこの耐久性抜群の"相棒"は何処に行くにも一緒でした。必ずしも順風満帆なことばかりでなく、思うようにいかないことも多い異国の地にあって、少しでも自分らしさを失わず、慣れ親しんだ環境を整え、リラックスした状態で新しい出会いや物事に向き合うことがとても大事に思います。私にとってはこの靴が今でもその自分らしさを足元から支えてくれるひとつです。現在、上海に赴任しています。この街では新しいリーガル("相棒")を選ぶ喜びが味わえるのは何よりです。
 
ニックネーム:トラッドおばさん
タイトル:憧れのサドルオックスフォード

吉祥寺の駅前の一角に、リーガルのお店ができたことは気付いていた。しかし、通勤帰りの私が通るのはいつも8時頃。お店が閉まっていたり、夕飯の支度に気が急いていたりで、ショーウインドウを眺めながら通り過ぎるだけ。そんなある日、お店のガラスの向こうに飾られていた1足は、ベージュと茶のコンビの紐靴。正式にはサドルオックスフォードというらしい。私の足はぴたりと止まり、目はその靴に釘付けになった。息まで少しハアハアしてきた。あれは、まさしくあの靴だ。色も、形もそのままだ。私、懐かしさに不覚にもここで泣いてしまいそう。
43年前、トラッドに夢中な高校生だった私に、それは憧れの靴だった。ローファーは勿論「リーガルに限る」だったが、みんなと同じじゃつまらない。私はイギリスの学生が履いていそうなあの靴が履きたかった。高校生には飛びきり高い買い物だったから、お小遣いを貯めてやっと買った。毎日、履いた。皮がひびヒビになるまで…。夜の寒い玄関で、2色の靴墨で大事に丁寧に磨いていた17歳の私を、60歳の私がいとおしく思い出している。ああ、今でもあの靴、大好き!
 
ニックネーム:ぎょうちゃん
タイトル:VAN-REGALの思い出
本文:
63歳171cm53kg、白血病・肺癌・糖尿病と共生し10年生き永らえています。1963年VAN Shopは憧れの店。毎月アイテムを買って半年後にVAN・REGALスリッポンを買いおまけの靴墨を大事に。スニーカやデザートブーツやおかめが揃い宝物に。大学卒業し就職しREGAL SHOPで全インペリアル・アイテムを購入し今でも革底や内装Repair修理し愛用中。約40足、カビ対策・栄養クリームを塗り大事に。コードバン製チャッカーブーツやShortタンのPennyローファが大好きです。16歳時、IVYパンツはベルトレス尾錠付きでREGALスニーカがおしゃれで登校したら先生にお目玉。運動靴を何故青色に染めて
ズボンベルトを締めていないのか?説明するのがあほらしく・・・着替えて登校しろとのお達し。ボタンダウンシャツにもお咎め、エレキギターコンサート参加は停学・退学になり先生の目を逃れて楽しんでいました。常にREGALの靴が戦友として参加したのが僕の自慢です。DeckShoesのDesignが好きで今も3足愛用 ズックはTopSiderと併用。この紙面で改めてREGALに有難うと伝えたい。時々、旧い雑誌に掲載された広告を眺めて少年時代を懐かしくSUNTORY Whisky The Oldに語りかけています。
 
ニックネーム:靴磨きでリフレッシュする会社員
タイトル:足許を支える相棒

私が、リーガルを履き始めたのは大学1年の時から。以来、27年の付き合い。リーガルの良さを痛感したのは、新入社員時代のセールス実習。一日、歩き廻っても他の靴のように土踏まずが痛くなるようなことはありませんでした。当時、流れていた重い靴は疲れないと解説する振り子のテレビCMに納得したのを覚えています。以来、茶色のウイングチップとタッセルの2種類を主役に買いつないで愛用。履きこんで深い色合いに変わりながら、足に馴染んでいくのを楽しんでいます。不景気な時には、茶の靴の種類が減るので無くさないでほしいとリーガルに手紙を書き、景気が良くなるといいですねと返事をいただいたのを覚えています。最近では、同じ靴を履き続ける味わいを覚え、靴底の修理をしていただきながら大事に履いています。職場では、コツコツとした足音がトレードマークで部下に靴だけはいいもの身に着けていると冷やかされ喜びも一入。現在は下駄箱に10足。日曜に磨くの翌週の仕事への準備です。
 
ニックネーム:カズ
タイトル:猛暑と雨

私はサラリーマンをしているが、今年の春までは2足のシューズを交互に履いていた。以前は、革の加工状態やソールの形状などをあまり気にせずに靴のデザインを重視して購入していたのだが、リーガルショップの店員さんのアドバイスで、今年の夏は猛暑対策でGEOXソール、雨対策でゴアテックス仕様のシューズを購入してみた。ここ数年は猛暑やらゲリラ豪雨やらで、シューズ内の温度上昇や靴の傷みがちょっとした悩みであった私に、この2種類のシューズは悩みを解消するに十分すぎるほどの機能で応えてくれた。特にGEOXソールはシューズの軽量化にも効果があり、長時間履いても疲れないところが気に入っている。今では4足のリーガルシューズを、その日の天候予定によって選択している。気象予報士になったような気分で毎朝の天気予報を見ているが、なんとなく人生の楽しみが増えたような気がする。
 
ニックネーム:kaz
タイトル:履き続けるmy first REGAL

リーガルとの出会いは20歳の大学生の時だ。雑誌のシューズ特集で一気にあこがれてしまった。アルバイト代をつぎ込んで購入したのは茶色のローファー。店に入ると予定していたものよりもワンランク上のものを手にしていた。革の匂いと美しい輝き、そしてずっしりとした質感。購入後の何ともいえない満足感。大学寮の自室で見とれていたのもつかの間、あわてて靴に合うチノパンやシャツを買い揃えたのもいい思い出だ。
このローファーは、購入した時から27年を経ようとする今も現役だ。さすがに底がへり、一度修理をお願いした。かかとの部分を新しいものに替え、ほつれた部分など全体的に整えてもらった。
先日、服装に合う靴がないからと高校生の息子にこのローファーを借してほしいとせがまれた。大事な靴だけにヒヤヒヤだったが、幸いサイズも合っていたので、思い出話をつけて貸してやった。出会いからこんなに時間が経っても履き続けられる驚きと二世代にわたって使えた喜びに浸った幸せな時間だった。
 
ニックネーム:ブラン
タイトル:ショートブーツ

私が19歳の時に母親とリーガルショップへ行った時の思い出です。
当時、短大生の私は、通学途中にあるリーガルショップが気になり、ショートブーツが欲しかったこともあり、休みの日に母親とそのリーガルショップへ行きました。お店に入り、一番に目に飛び込んできたのは黒色のショートブーツ。そのショートブーツに一瞬にして虜になってしまい母親に「これっ!!これが欲しい!!」とはしゃいでいました。それと同時に値段も気になり値札をみると学生の私には高価な21,000円。一気にテンションは下がり諦めようと他のお店へ。他の色々なお店で、似たような靴を見ても頭の中はリーガルのショートブーツしかなく、それを見かねた母親が「少し早いけどクリスマスプレゼントで買ってあげるわ。」と言ってくれました。私は「バイト代を貯めて買えばいい。」と言ったのですが、母親はリーガルショップへ戻り私のサイズを出してもらい購入。その時の嬉しかった気持は17年経った今でも忘れません。そして、中敷きはボロボロ、踵はすり減ってしまったのですが今も捨てずに大切に持っています。もし、願いが叶うなら同じデザインのショートブーツを販売してほしいです(*^^*)
 
ニックネーム:tatenoke
タイトル:私の相棒

1955年生まれの私が始めてリーガルシューズと出合ったのは高校生の時だ!友人が履いていた靴が珍しくて尋ねたら“これはリーガルのスリッポンでこっちはデザートブーツ”と教えてくれた。高校生の私には高額で手が出なかったが大学生になってアルバイトをして当時流行っていた赤茶色のローファーとウイングチップを購入した。購入後2週間毎日KIWIの靴クリームで磨き上げて初めて履いた時の嬉しさは今も忘れられない!その後スニーカー・バスケットシューズ・サンダルそしてデザートブーツと大学時代はリーガル一色だった。社会人になっても靴はリーガルと決めていたので未だにジャケットにはデッキシューズやコインロファー(当然コインを挟み込んで)スーツにはプレーントウと今日に至っている。仕事で履くプレーントウは3足を履き回して履き潰しているが、オイルレザーのブラウンのロファーや黒の縮み革のローファーは靴底を張替えるだけでは無く擦り切れたアキレス腱の部分の修理をして20年程履いている。中でも一番気に入っているのは大学時代から履き続けているデザートブーツ、かれこれ35年以上の付き合いになる私の相棒だ。こんなに長持ちするリーガルシューズに敬意を表したい。
 
ニックネーム:たんちん
タイトル:そして、これからも。

「そんなに面白い?靴磨きって。」
月2回ほど、休日に靴磨きをしている私に中学二年生の娘が尋ねる。
5足のローテーション紳士靴を無心に磨いているつもりだが、娘にはさも楽しそうに映るらしい。
「子供と同じさ。一生懸命面倒みると、応えてくれるんだ。」
「・・・・・。」
「リーガル」とのつきあいは、かれこれ30年近くになる。就職祝いに親から買ってもらったのが最初。学生気分が抜けない当初は、プレーン・トゥーが随分固く感じたものだった。以降、紆余曲折のサラリーマン人生を共にしている。結婚、昇進、父の葬儀・・・
節目節目を「リーガル」は見つめてきた。
会社勤めも、あと10年。
「これからも、よろしくな」
と声をかけながら靴磨きに精を出す。いやまてよ、定年より娘の結婚の方が先というのもありか。その時はやっぱりストレート・チップかな。それとも・・・
苦笑いをしながら磨いている私を、娘は不思議そうな顔をして見ている。
 
ニックネーム:jugem
タイトル:何はともあれリーガルで

30年前、就職する時にスニーカーしか持っていなかった私が、革靴を買わなければと思い出かけようとすると、あまり口も聞いていなかった父がどういうわけか一緒に行くと言い出した。案の定、店内でも無言で物色していると、しばらくして父が一足の靴を目の前に差し出した。リーガルのストレートチップ。いつもは反発する私だったがどういうわけか即決して購入。5年ほど愛用していて、そろそろ買い換えようとした時に父が逝去。葬式用にと靴を購入する際に選んだのはリーガルのストレート。それからも何かの折にはこの靴。いよいよ仕事も引退が近づいてきて靴を新調しようと考えて、さすがにもうストレートはいいかなと思っていたところ、訳あって実家を整理していたら、タンスの奥から出てきたのはストレートチップ。 最初に買ったものを、数年前に逝った母がとっておいたらしい。そういえば母の葬儀の時にもストレートチップだった。靴一足に涙が出てしまうのは、涙腺がもろくなった歳のせいなのか、馬鹿の一つ覚えにあきれたのか、それとも・・。何はともあれ今日もリーガルストレート。
 
ニックネーム:なかじ
タイトル:2509さようなら、2113こんにちは

全9足所持しており毎日、曜日ごとに使い分けてています(月曜日と金曜日は2足ずつ所持しているので隔週)。現在仕事でバイクに乗って営業をしている為、靴に傷がつかないよう神経つかってます。仕方なく購入歴の一番古い2585が少雨用、購入歴が二番目に古い今は無きJR03が大雨の日用になっています。さて、リーガルシューズでエピソードといえば・・・。前述で一番古い靴は2585と表記しましたが、実際にはその前に2509のダークブラウンを持っていたのですが、バイクの交通事故で履けなくなってしまいました。しかし、災い転じて福となすでそのバイクの保険金で憧れの2113を購入することができました。平成16年にパーフェクタ社製の靴箱が貴社から送られてきてから靴磨きにもこだわっています。一足ごとにブラシも使い分けて、家族にも呆れられています。そんな靴と靴磨きの魅力を提供してくれたリーガルシューズ。恩返しにポイントで2回寄付しました。
 
ニックネーム:さつき
タイトル:憧れの高校、憧れのローファー

今から20年前、進路決定を迫られた中学3年生。目標は隣町の県立高校。
その理由は、自転車で通学できること、担任の先生から「このままの成績ならまず大丈夫だろう」とお墨付きをもらったこと、そして、通学のカバンと靴が自由だったこと。
きっかけこそ忘れてしまったものの、その頃から「リーガルのローファーを履いて通学すること」が憧れの姿になっていた。
そしてお正月を迎え、祖父や叔父達から頂いたお年玉を大切に「ローファーを買う」と大事に机の引き出しの中に。大好きなアイドルのCDも今年は我慢。
3月半ば、いよいよ合格発表の日。同じ高校を受けた生徒全員が校長室に呼ばれ、合格通知が手渡された。
帰宅し、合格通知を見せた。母にその週末にリーガルのショップに連れて行ってもらう約束を取り付けた。
いよいよ、沼津のリーガルショップへ。試着のためローファーに足を入れたあの瞬間のドキドキ感、支払いを済ませ、黄色い箱を手にした時の満足感。どれも鮮明な記憶が残っている。
紺色の制服に茶色のローファー、背筋を伸ばし、ちょっと誇らしげに入学式を迎えた。
3つ折りのワンポイントソックスも紺色のハイソックスも、流行り出したばかりのルーズソックスにもよく似合っていた茶色のローファー。
3年間、スキップしたくなるような楽しい日も、下を向いて歩きたくなうような落ち込んだ日も私の相棒となり、通学したローファーに感謝。
 
ニックネーム:のっぽらっと
タイトル:リーガルと私

所有しているだけで得られる満足感と使いたおしてこそ得られる満足感、二つの魅力を併せ持つのがリーガルだ。メンズクラブを穴の開く程眺めていた大学生の頃、一カ月の生活費が二万円の時代、モミ皮のローファーにはとても手が出なかった。「どうしても手に入れたい。」そんな想いが翌年に収集癖となって現れるのだが、清水の舞台から飛び降りて買ったそれは初日に雨の洗礼を受けてしまった。収集癖はその後も続き、四十五歳の頃だったか、一度も履かずに十年以上も経っていたチャッカーブーツに足を通した途端「ビリッ!」、劣化した踵の皮を丈夫な縫い糸が切断してしまい修理不可能と診断されたのだ。ショックだった、眺めるだけの満足は間違いだったのだ。ほったらかしで呼吸もさせず保革油も与えずに皮革を殺してしまったのか。この事件を境に考えを変えた。身体の一部として使い込んでやることが創ってくれた職人さんの心意気に応える事にもなる筈。そんな想いと共にこれからもリーガルを愛用し続けます。
 
ニックネーム:田路勝彦
タイトル:靴磨き

大学に入った時に初めて買ったローファーがリーガルで、以後ずっとリーガルを愛用している。卒業後は、プレーントウが多くなって、ローファーを履かなくなった。
しかし、三年前に長女が、昨年には次女が中学生となり、制靴としてローファーやタッセルが指定されていたので、リーガルを買い求めた。
この日以来、週末には大・中・小の黒の3足のリーガルを磨くことが私の仕事となった。
3足並べるとそれぞれ個性もある。歩き方や通勤・通学で歩く距離も違うためか、踵の減り具合がバラバラなのもおもしろい。
靴を磨いていて、私が大学生の頃、父親は自分の靴のついでに、私のローファーも磨いてくれていたこと。そして、「靴を磨いていないと、足下を見られるぞ。」とよく言っていたことを思い出した。
社会人になって、実家を離れたので、父親の靴を磨くチャンスがないが、今度の父親の誕生日には、実家に帰って、父親の靴を磨いてみようと思っている。
 
ニックネーム:みかん
タイトル:思い出のサドル

もうすぐアラフォーの私ですが、ボロボロなのに愛おしくて捨てられない靴があります。それがサドルシューズです。
うら若き10代のころ、初めて付き合った彼が履いていたのがリーガルのサドルでした。
私は18歳、高校を卒業し短大に進学する奥手でおとなしい子、彼は就職がきまっており、元気で少しやんちゃな人でした。
お互い恋に恋してるような子供の付き合いでしたが、フィフティーズやロカビリーが流れるホールで、二人でサドルを履いてステップを教わったのが懐かしい思い出です。
親に隠れて出かけ、門限までには帰宅するというドキドキの夜遊びでした。
革靴の手入れも知らない頃に履きつぶしたサドルを一度、恥ずかしながらショップに持っていき修理可能か聞いてみました。お店の方は丁寧に、思い出の品なら取っておかれたらいかがですかと言ってくださいました。
新たなサドル、2代目を探すのも良いかな。
 
ニックネーム:荒マーちゃん
タイトル:私とREGALの出会い

昭和48年夏、当時18歳の私が「この靴はサドル・オクスフォードと言うんだ」と先輩に教えられたのがREGALとの出会いでした。 そのサドルがどうしても欲しくて小倉から当時の八重洲本店迄購入に行った思い出から、はや38年が過ぎましたが、数年前にその頃の復刻版サドルを購入し、お気に入りの1足になりました。 今年の限定品で赤底のダーティ・バックスも欲しくなってます。メンズ・クラブのIVYルックに憧れながら、毎月掲載されたREGALの広告に思いを馳せ、サラリーマン人生のゴールが近い今も、家の靴箱は小生のREGALコレクションで埋め尽くされております。 最近は若者の感性でチョイス出来るカジュアルシューズも多くなり、仕事&カジュアルの両シーンでREGALシューズの存在感が増えました。次の50年に向けて靴造りの極みを受け継いだ、REGALスピリッツで我々オジサンのFAN達に履く満足を提供して下さい。
 
ニックネーム:ろひかた
タイトル:杜の都のリーガルショップ

出張に出かけた仙台で、ちょっと時間ができたので、一番町のリーガルショップに入りました。愛用してきたレースアップのレザーシューズが、相当くたびれていたのです。
「同じのを下さい」の一言で、女性の店員さんはすぐに新品を出してくれました。さっそく購入。
「新しいのをはいて行きたいんですけど、はいてきたのを処分してもらえませんか」「かしこまりました。こんなになるまで使っていただいて、嬉しいです」笑顔でそう言って、ボロボロの一足を引き取ってくれました。
それが今年の三月四日。その一週間後、大震災が仙台を襲いました。
仙台で買った靴をはくたび「あの店はどうなっただろう」と心配でたまりませんでした。
九月、また仙台出張の機会があり、何よりまず、一番町のショップへ。
店は同じように開いていました。
「無事だったんだね」と、人に話しかけるように、店の前でひとりごと。
このお店、仙台にくるたびに通うでしょう。常連にさせて下さい。
 
ニックネーム:トムヤンクン
タイトル:父から貰ったリーガル

私がリーガルと出会ったのは11年前、今の会社に内定を貰った時だ。その冬、定年を迎えた父からリーガルをプレゼントしてもらった。父はリーガルが大好きだったので、父から貰ったリーガルは本当に嬉しくてたまらなかった。
社会に出て働く日々、不慣れな私にとって仕事は本当に大変だったが、リーガルを履く日は、その一日がなんだか特別な感じがして辛い仕事も乗り切れた。
また私は尊敬する先輩にも出会えた。先輩もリーガルが大好きだった。先輩が身につけている物は全て選び抜かれているものばかりに思えた。先輩の口癖は「一流の営業マンは一流の靴を履く」だ。先輩にシューツリーの存在も教えてもらった。そのお蔭で大好きなリーガルを長く履き続けることができた。私のサラリーマン人生も今年で11年目。父から貰ったリーガルも仲間が増えた。大事な仕事を任されるようになった。週末リーガルを磨く度に心もリセットされる。そしてまた新たな一歩を踏み出す。
 
ニックネーム:ちゃんちゃん
タイトル:「REGAL」を履いたお兄さん

「これ、何のマークだろう…??」
私が小学生の頃、近所のお兄さんが履く靴には、いつも同じマークが付いていました。踵に金具のようなギザギザしたものの付いたブーツのマーク、それから五文字の読めないアルファベット。
中敷と底にそのマークが描かれている靴はどれもお洒落で、幼い私にはいつも憧れの秘密のマークでした。
近所のお兄さんは、大学のため九州から京都へ引っ越してこられた方で、家族ぐるみで親しくさせていただいていました。優しく物静かであまり自分を主張するタイプではありませんでしたが、ファッションに関してはこだわりのトラッドでいつもセンスよく着こなしておられました。そして何より「靴」が素敵でとても刺激を受けました。お兄さんは引っ越して行かれましたが、ずっと気になっていたあのマークの秘密がわかったのは、それから数年後のことです。高校入学のお祝いに両親が靴をプレゼントしてくれることになり、お店に『REGAL』の靴が…「あっ!このマーク。お兄さんの!!」瞬時に懐かしい思い出がよみがえってきました。お店の人にブランド名を尋ね、迷わず選びました。初めてのMyリーガルにとても感動しました。あれから約30年間、子供の頃から憧れていたリーガルを履いています。私の足元が素敵なのは「REGAL」を履いたお兄さんのおかげです。
 
ニックネーム:Syee333
タイトル:REGAL ストレートチップ

私がREGALを語る上で忘れられないのがREGAL八重洲地下街にあるREGAL SHOPです。
このお店はまだ私が社会人になって間もない頃に、仕.事の合間にふらっと寄ったのがこのお店でした。
当時は靴に対するこだわりが特になく、今振り返ってみると、ストレートチップばかり買っていた記憶があります。
そして、革靴のお手入れもひどいものでした。ほとんど靴クリームも使わずに、乾燥肌な革靴をそのまま履いていて、そのため革靴の寿命も短く、もっても2年ぐらい
でした。ただ今思うと、よくあれだけハードな使い方をしていたのに、2年も履けたものだと改めてREGALの靴の丈夫さに嬉しくもあり、当時の私の靴に対する無知さに恥ずかしくもあります。
それから早10年、REGALの靴ばかり履いていた私ですが、まだまだ靴のお手入れには四苦八苦しております。しかしながら、長く履ける靴が増えてきており、去年お別れになったREGALの靴は、最長で7年も履き続ける事が出来ました。
これからも末長く愛せる靴を作り続けてく事を祈ると共に、自分の靴の磨く腕を少しでもあげたいものだと思っております。
 
ニックネーム:ivy-boy
タイトル:must REGAL

50周年おめでとうございます。この半世紀に及ぶ歴史に、敬意を表したいと思います。
高校2年生になろうとする頃、本屋さんで目に留まったのが「MEN’S CLUB」という雑誌でした。この「MEN’S CLUB」の中で出逢ったのが「VAN」であり「REGAL」でした。ファッションに目覚めた私の通学服は、もちろんアイビー、まさにアイビーリーガー気取り。靴はもちろん「REGAL」と「VAN REGAL」のローファーでした。「REGAL」の靴でないと、“なぁ〜んだ”という雰囲気で、友人と競い合った高校生活でした。
40歳を過ぎた頃より、アイビー&トラッドが再び過熱。そして年を重ね、現在55歳。永遠のアイビーボーイを自負しています。50年を迎えられた「REGAL」から往年のヴァンプの発売、さらには「VAN REGAL」の復活が伝えられております。懐かしさと嬉しさが一杯で、アイビー&トラッドが一層過熱しそうです。
靴はトラッドの基本である、私にとって昔も今もかわることのないフレーズです。
55歳の秋に改めて思うこと、それは、やはりmust REGAL!!
 
ニックネーム:まこと
タイトル:リーガルとの出会い

私がリーガルシューズに出会ったのは44年前の16歳高校一年生の春でした。まだファッションには無頓着でしたがさすがに高校の先輩の格好には大いなる刺激を受けたものです。折しもアイビールックが流行っており、私も一直線に先輩を真似るよになりました。最初に学生服でも分かるのが靴とヘアスタイル、あとはボタンダウンのオックスフォード地のシャツでした。当時の高校生はペニーローファーが主流?のように思えました。ある日学校の帰りにユニー百貨店に入っている靴屋に寄った時に目にとまったのが日本製靴のプレントウでした。当時で確か3000円か3500円?で革靴では高価だったよう気がしましたが一目で気に入り即購入しました。学校に履いていくとクラブの先輩が私の靴を覗きこみリーガルブランドマークを見てました。少し誇らしげに思ったものです。以来44年間、転勤により各地域でリーガル製品を購入愛用しています。
現在は8足所有していますが当時のものが写真の1足あります。
定年退職後はあまり履く事が無くなりましたが思い出として大切に保管しております。
 
ニックネーム:REGAL_FUN
タイトル:履擦れとREGAL

私は現在3足のリーガルを毎日交代で仕事靴として使用しています。リーガルとの出会いは既に20年を超えています。実は学生時代の就職活動で本格的にビジネスシューズを履いた時はリーガルではありませんでした。品質よりはデザインと安さで靴を選んでいました。私は生れつき偏平足で革靴は足が靴に慣れるまでの間は靴擦れは当然で、靴を履く前からガードの意味でバンドエードを事前に擦れる場所に貼り、靴擦れ対策をしながら就職活動をしていました。そしてどうにか「血みどろ?」の就職も決まり、就職祝いを両親から頂く際に父に薦められたことがリーガルを知る切っ掛けとなりました。実際履いてみると、嘘のように今迄必ずできていた靴擦れが出来ず、靴擦れを意識しないで歩ける安心感を得ることができました。私にとっては夢のようです。それからは、一度も浮気せず、いや浮気出来ず、「REGAL]を愛用しています。
私にとって「REGAL」は履く「安心」です。今迄も、これからも良い靴づくりをしていって下さい!
 
ニックネーム:やもりん
タイトル:デザートブーツ♪

夫と、私は 中学校でクラスメイト。もう35年くらい昔の話です。
その頃の、夫、Kの印象は、ちょっとオシャレさん。その頃のKが、リーガルのデザートブーツを愛用していたのを知ったのは、いっしょに暮らすようになってから。一緒に暮らし始めてもうすぐ30年。Kのデザートブーツは3代目。わたしは、2代目のデザートブーツの底を、先月、富山のリーガルショップで交換してもらいました。そして、なんか面白いタイミングで、数日前、Kが倉庫の整頓をしてたら、なんと、中学校の美術の授業で、リーガルのロゴをまねて作った
壁掛けミラーが出現!!!おーーーーー懐かしい。あの作品は当時、友達の間で「すごい!かっこいい!」と話題になったものです。35年ぶりに見たリーガルミラーは、その頃とはまた 一味違う印象でとても思い入れ深く、素敵です。
 
ニックネーム:ガッチャン
タイトル:私とリーガル

私がリーガルと出合ったのは、今から38年前の17歳の時で、その当時の雑誌「MEN’S CLUB」には、リーガルの広告ページがあり、月毎に掲載される靴の「名前の由来」と「丈夫で長持ち」の言葉が記載されていたと記憶している。私は、その頃からの「REGAL」ファンで、リーガルカタログに掲載されていた男性モデルのジャッキーさんの姿から、トラッドの服と靴のコーディネートを勉強させていただいた。自分で購入したリーガルはローファー、デザートブーツ、ダーティバックス、ウイングチップ、プレートゥ等で、現在は購入何代目かになるローファー、プレートゥ、ウイングチップを仕事の際に履いている。だが、リーガルで最も好きな靴は「ダーティバックス」で、現在も昭和50年2月(当時8,000円)に購入したものを靴底を修理して愛用。この靴が50周年に際してバックスシューズとして復刻されたため、今度はネイビー色を購入しようかと思っている。
 
ニックネーム:ペッパー
タイトル:私とリーガル

22歳の春が、私とリーガルの付き合いの始まりです。
就職が決まり祖父に報告に行くと、「おめでとう。社会人として恥ずかしくない靴を買えよ。」と言って、祝いを貰いました。私は、学生時代の友人が履いていたリーガルの靴に憧れていて、当時、開店して間もない東京八重洲口に行って、憧れの靴を買い、社会人のスタートを切りました。私がそれ以来リーガルを履き続けている理由は、履き心地の良さ、豊富なデザイン、修理の相談にも誠意をもって応じてくれる態度に、安心出来るからです。就職後、何回かの転勤があり、転勤先ではリーガルショップがどこにあるか、まず探しました。あれから何足のリーガルを履いたことか。昨年、無事に定年を迎えました。私の家族や同僚、友人に無事定年をむかえた事を伝えたいと思います。しかし、社会人スタートを祝ってくれた祖父や、憧れのリーガルを履いていた友人は今は故人となり、一抹の寂しさがあります。
 
ニックネーム:ヒデ
タイトル:リーガルは友達

私は今、51歳。就職したのが、24歳なので27年間仕事している事になる。ずっと営業の仕事をしているので、靴はとても重要。最初のころは、革の柔らかいはきやすい、価格の手ごろなヤツ。この靴はつきあいやすいが、しばらくするとだめになってしまう。そのころりーガルを上司がはいているのを見て、カッコいいと思った。値段が高くてとても手が届かなかった。ある時上司と話している時に、なんとなく、靴の話になって、私が、将来給料が上がったらリーガルをはきたい、と言ったら、上司が、「りーガルはうまく手入れすると、10年は仲良くなれる友達だぞ、10年使ったら1年あたりいくらになる?」。 その後しばらくして思い切ってリーガルを買ってみた。驚いた、なんて堅い革何だろう、足にまめが出来てしまい痛んだ。上司に言ってみた。「最初から仕事がうまくいく得意先なんてないだろう、色々努力して、段々良くなっていくだろう、靴も一緒だ」そうか!足に革がなじむのに3カ月かかったが、その後大事に使い、10年近く使った。本当に良い友達である事を実感した。それから20年以上経ったが、リーガルはずっと友達である、浮気も無しである。
 
ニックネーム:信ちゃん
タイトル:自分にとって伝説的サービス

お気に入りのリーガルのウイングチップ(約15年前に購入)が
古くなったので買い替えを検討しておりました。
他社含めてウイングチップを探していたのですが、なかなか気に入るものがなく、Regal Shoe Bar幕張店にコードバンウイングチップがあり一目惚れしました。しかし、25cmではくるぶしが接触し、サイズが合わないとことで断念。
数日後、八重洲店にて従業員の方に相談したところ、『当店にはサイズの在庫はありませんが、中敷にスポンジを入れることでくるぶしの懸念は解消できると思います。幕張店ではそのサービスは行っていないと思いますので幕張店にてご購入後、八重洲店へご持参ください』とのお言葉を頂きました。
翌日、幕張店で購入し、その足で八重洲店へ。
他店舗で購入したにも関わらす、根気良くサイズ合わせにお付き合い頂き、靴のメンテ方法等教えて頂きました。しかも『また何かありましたらリーガルにお申し付けください』とのお言葉も頂きとても気持ちよく買い物ができた一日となりました。
 
ニックネーム:ゲタ箱いっぱい男
タイトル:紳士靴の学校

私は30代半ばのサラリーマンです。社会人となって以来,私にとってリーガルは「紳士靴の学校」とでも言うべき存在です。大学を卒業して実社会に出たとき,私には紳士靴についての知識が全くありませんでした。最初のうち,仕事用の革靴を買うときは,量販店で行き当たりばったりに選んでいました。サイズ選びもいい加減でした。ですが,初ボーナスで最初のリーガルを購入したとき,私はリーガルシューズの店員の方から様々なことを教わりました。サイズの選び方,靴の製法,デザインの種類,靴の磨き方,シューツリーを入れること等々です。その後もリーガルを買い足していく中で,場面に合った靴の選び方,スーツの色との合わせ方,革の種類による質感の違い等が理解できるようになってきました。私が紳士靴を学ぶことができたのは,身近なところにリーガルの店舗があり,親切な店員の方がいたのが大きかったと思います。これからもリーガルを通して紳士靴の世界を楽しみたいと思います。よろしくお願いします。
 
ニックネーム:ばぁば
タイトル:初めての...

30年以上前のこと。
彼からクリスマスプレゼントとしてリーガルの黒とグレーのコンビの靴を頂きました。その靴には、たくさんの初めてがつまっていました。
その1.恋人からもらった初めてのクリスマスプレゼントだった。
その2.リーガルの靴をはくのは、初めてだった。
その3.初めてのペアルックだった!
なんと彼は自分用にも同じデザインの靴を購入していました。その後のデートは極力その靴をはいて行きました。お正月の着物の時を除いて...
そのときの靴は、残念ながらもう手元にありませんが、靴をくれた彼はその後もずーっとそばにいます。今では、孫が欲しいと言った物は、何でも買ってしまう極甘のじぃじです。
今回の投稿にあたり、当時のことを主人に聞いてみると、私が思っていた以上にいろいろ覚えていてうれしくなりました。
 
ニックネーム:ゆっきょちゃん
タイトル:リーガルは我が会社人生の伴侶

私が大のリーガルファンになったのは、社会人になった昭和52年である。その年、親友の結婚式用にリーガルショップオリジナルの黒のタッセルローファーを買ったのがきっかけである。トラッド好きの私は、ネイビーのダブルブレストのニューポートブレザーにホワイトドットのブルーネクタイというスタイルに合う靴を相当思案したうえで購入したのであるが、帰宅後、トップのパイピングに1mm程度の革切れを見つけてしまった。店に交換を申し入れたところ、『在庫がなく、式までに間に合いそうもないので、そのまま使用してもらい、後日交換させていただきます。』との提案に感激した次第である。約束通り交換してもらったその靴は、その後5回を超えるオールソール交換を含め大事に手入れをし、使用してきたが、ついにアッパーの履き皺が切れてきたため、昨年シェットランドフォックスに代を譲った。しかし、34年の会社人生を共に歩んできたこの靴には愛着があり、まだまだ一緒に余生を送ってもらうつもりである。
株式会社リーガルコーポレーション
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